
りんたろが大好きなファンフィクションを日本の皆様に紹介したい気持ちで勝手に翻訳をする
のコーナー
今回はジェユさんのモノクロームです。
ソンミン、シウォン、ヨンウン(カンイン)の三角関係が繰り広げる物語

これもねえ、ちょっと濡れ場が多くて私が翻訳を手こずる以外、本当に面白い作品で

特に個人的には、この物語に登場するヨンウンがドSすぎて、りんたろはツボでした(爆)
ちなみに、ジェユさんに連絡を取ろうとしたのですがメール
が届かず、ここで翻訳を載せる許可は得ておりません……

まあ、私が面白く書いているから安心してほしい、ジェユさん

で、
のっけからベッドシーンから始まりますので、覚悟をして

Smile,Junkyでもドキドキでしたが、
今回は少し激しさが増している描写なので

と、一応書いておきますおー。
では、どうぞ!
モノクローム
# 01
ギシギシといつもより激しく不規則に動くマットレスのせいで、調子が悪いようにベッドが軋んだ音をたてる。淡いピンク色のシーツがしわになりながら絡まるベッドの上で、ふたりは互いに伸ばした手を握りしめる力もない。上にいる男の行為がへたらしく、彼の中途半端な腰の動きに、下にいる男は若干興奮と苦痛が入り混じった呻き声をあげていた。
「ソンミン、もう少し動いて」
「僕だって一生懸命やってるってば」
下にいる男の声にはソンミンを責める様子は全くなかったが、ソンミンは自分が中途半端だということを自覚しているらしく、少し泣きそうになりながら言った。下にいる男は慌てて身体を起こしてソンミンを抱きしめ、ソンミンの背中をぽんぽんと叩いた。だが身体を起こしたせいで下にいた男のペニスが余計にソンミンの身体に入っていった。急に押し寄せてくる彼のペニスにソンミンは彼の肩を抱きしめながら艶めかしい呻き声をあげた。
「ああ、こうすればいいのか」
男はソンミンの腰を長い指で柔らかく撫でながら、ソンミンの骨盤を掴んで腰の上で動かし始めた。この体位はふたりにとって満足だったらしく、彼らの表情には濃厚な色が満ち、互いの唇を渇望した。男は指でソンミンの黒い髪を撫で、ソンミンの唇を深く吸いこんだ。秋が終わったのでも冬が始まったのでもない、秋と冬の中間の11月の朝日が、愛を分け合うふたりのベッドに差し込んでいた。
「ああっ、もうそろそろ……ん……」
「……もうそんな時間か」
ソンミンは枕元にあった 丸い時計の秒針と短針を見ながら男の背中を叩いた。男は顔を上げて時計を見ると、残念そうにラストスパートをかけてソンミンの呻き声のトーンを上げた。ソンミンの爪が男の肩に食い込み、ソンミンが顔を後ろに反らすのと同時に男の眉間にしわが寄って、ソンミンの身体の中にセックスの終わりを告げた。セックスが終わった後も、ふたりは抱き合った手を放せずに、そのまま座っていた。
「セノーカフェに寄るのをやめれば、もう一回やる時間があるのに」
「あそこのコーヒーの香りは僕の集中力をあげるってこと、知ってるでしょ」
男が残念そうに文句を言うと、ソンミンは男のまっすぐな鼻筋の先をふっと噛みしめながら笑って見せ、抱きしめていた肩を押して彼をベッドに寝かせた。ソンミンは、汗ばんだ額にくっついた男の短い髪をかき分けて、額にキスをした。男がソンミンの腰を抱きしめていた腕をほどかないので、ソンミンは彼の勃起しかけたペニスを握り、彼の腕から逃げた。
「おい、そこは大切なところなのに! ソンミン、この……」
男が腰を曲げて手を伸ばしソンミンの白い尻を撫でながら言うと、ソンミンは男の右太ももをつねった。
「シウォン、こっちの足も折られたいの?」
シウォンと呼ばれた男が柔らかい微笑みを浮かべながら首を横に振ると、ソンミンは下唇を噛みしめて、ギプスで固められたシウォンの左足首を綺麗に手入れした。行為は満足だったが、ケガをした彼の足を見ると苦しさが胸を襲ってくる。普段はシウォンが上になってセックスをリードしていたから、自分がリードするのは慣れていなかった。だが足をけがしているシウォンが上になるのは無理なことで、かと言ってセックスをしないわけにもいかないくらい、ふたりは愛し合っていた。
シウォンがこんなふうになったのは、もしかすると自分のせいかもしれないとソンミンは思っていた。自分が階段から押したわけではないが、それまで一度も言ったことのなかった「逢いたい」という言葉でシウォンを興奮させたことが間違いだったのだ。ふたりが付き合って半年が過ぎても、不思議とソンミンはシウォンに「逢いたい」と言ったことがなかった。もちろん愛しているとか好きだとかいう言葉を言うこはあったが、シウォンに逢いたい、シウォンが恋しいと言ったことは一度もなかった。
愛し合う恋人たちにとって「恋しい」という表現はもしかすると「愛している」という言葉よりも恋人に甘くほろ苦い言葉なのかもしれないとシウォンは思っていた。そんなシウォンに一週間前、何の前触れもなく「シウォンに逢いたい」とメールを送ってみたら、しばらくして来たのが病院からの電話だった。突然階段から落ちて足首の骨を折ったということだった。普段、運動神経がいい彼が自分のメールでこんなにも簡単にケガをしたのを見て、もしかして自分は、自分が思っている以上にシウォンを愛しているのかもしれないと思った。こんなバカみたいなところさえ、愛らしいと感じられたからだ。
「今日は家でゆっくり休んで」
「一緒に行ったらダメ?」
「一緒に行っても、シウォンは座ってるしかないだろ」
「おまえがおんぶして一緒に連れてってくれたらいいのに」
「ロミオが新しく選ばれるのを直接その目で見たいの?
「いや……」
「それに僕がシウォンをおぶったら、ケガをしている足をずるずる引きずることになるけど?」
シウォンは真剣に考えるような表情を浮かべながら、ソンミンの柔らかい尻を叩いて彼を浴室へ送り出した。それは最もだった。ソンミンよりも背が高いシウォンが、ソンミンの背中におぶられて足を引きずりながら運ばるなんてどこからどう見てもおかしな光景だ。それに新しいロミオ……やはり直接見ることを考えると、なんだかぞっとした。自分だけのジュリエットに新しいロミオができるということは愉快なことではなかった。
ソンミンとシウォンはヘアン劇団で公演している〈RそしてJ〉という現代版ロミオとジュリエットの主人公を演じていた。シウォンはロミオ、ソンミンはジュリエットを――。ソンミンがジュリエット役に決まるまでは、〈RそしてJ〉のジュリエットはキム・キョンガという女性がやっていた。役者経験と言えばせいぜい大学演劇部で何度から主演を演じたくらいのアマチュアで、24歳という若さでベテラン級の役者として成長しているシウォンと呼吸を合わせるのは難しいことだった。初公演が始まって約一週間、三度の公演をシウォンの知名度と中途半端なキョンガのの芝居で乗り切ってみた。が、シウォンの人気でもどうにもならないほど、キョンガの粗末な芝居は到底見られるものではないとわかると、シウォンはキョンガをジュリエット役から下ろさせた。
新しいジュリエット役を探していて、大学で一緒に演劇サークルにいたソンミンを思い出した。大学を卒業してから一年が過ぎていたが、演劇サークルのときもあまり親しくはなれなかったので、連絡先を知るのは容易なことではなかった。だが、ソンミンの連絡先は数時間で知ることができた。連絡先がわかるとすぐにソンミンに電話し、
「恵化駅2番出口からまっすぐの道を5分くらい上がってくるとヘアンセンターがあるから、そこに今日の夜8時までにきてくれ」
それだけ言って携帯電話を閉じた。自分が誰なのか、何のためにヘアンセンターに来て欲しいのかも告げずに――。ようやく突き止めたソンミンの電話番号を自分の携帯電話に打ち込んだ手がぶるぶる震えていたせいで、頭の中は真っ白になってしまったのだ。
大学演劇サークルのとき、演技力と生まれつきの背の高さ、そしてまるでギリシア彫刻のようなハンサムな外見のおかげでいつも主演だったシウォンと違って、ソンミンが主人公や助演としてステージ立ったことは一度もなかった。サークルの部員たちはかわいらしくて誰にでも好感を抱かせるソンミンを舞台に上げたいと思っていたが、ソンミンは「自分は芝居ができないから」と言って、ずっとサークルの世話ばかりしていた。シウォンはそんなソンミンには興味もなかった。ただサークルの一員として、深い話はできないが笑って挨拶くらいはする形式的な仲だった。
しかし学園祭の芝居の稽古が遅く終わったある日のこと。部員たちがみんな帰ったサークルの部室でソンミンが一人で「ジキルとハイド」でルーシー役のセリフとルーシーのソロ曲である「Sympathy, tenderness」を歌っている姿を見て、彼に一目惚れした。もちろんソンミンには内緒で、隠れて見ていた。彼の演技力と歌を歌う姿はアマチュアとは思えないほど訴える力が強かった。ドアを開けて中に入り、ソンミンを掴まえて「なぜ隠していたんだ」と問いただしたかった。いや、その前にアンコールをしたかった。だが突然自分のアイドル的存在を見つけたことに対するドキドキでシウォンの足は動かず、遠くから眺めるだけにした。
ソンミンの芝居が脳裏に焼きついた後も、シウォンは劇の配役を決める際、たとえ役者の数が足りなくても、ソンミンが自らやりたいと言わない以上、彼を推薦することはなかった。ただソンミンがひとりで練習しているのを毎日部室のドアの外から見守っているだけだった。シウォンはソンミンの一番のファンで、唯一のファンだった。ところで不思議なことに、ソンミンは男役のセリフを覚えるときは不安定だった。明らかに芝居をするような言い回しだった。一方、女役のセリフを覚えるときには――愛の試練に落ちた役では、その魅きつける力は倍になった。大学時代は内心、そんなソンミンにジュリエット役をやらせてみたいと思っていた。炎のような愛に落ちて死ぬまで諦めない幼くも勇敢な彼女を……。
そしてとうとう、そのチャンスが来たのだ。
だが自分のアイドル的存在だったソンミンと会話するということは、普段1000人を超える客の前に立つシウォンを、まるで憧れの歌手に逢った少女のように震えさせた。だからシウォンは芝居した。ソンミンの前で堂々と、単なる演劇俳優を探すキャスティング担当を演じた。断固とした口調で。ずっと逢いたかったという本心は言わずに、静かで冷静な人間を演じた。だがシウォンがそれまで演じてきた役の中で、これほど中途半端だったことはなかった。
「やっぱりシウォンだったんだね」
きっかり夜8時にセンターに来て、シウォンを見るなりソンミンはかわいい微笑みを浮かべた。そしてシウォンは最悪の芝居をした。静かで冷徹なキャスティング担当役ではなく、間違い電話をしてしまった狂った男の役でもなく、ドキドキするシウォン自信の気持ちを隠せずに、ソンミンに勘づかせてしまったのだ。
恋しいソンミンとの再会に対する喜びを語る前に、すぐさまシウォンは「ジュリエットをやってくれ」と言いながらソンミンに台本を渡した。当然断られる覚悟をして勇気を出して言った。だからソンミンが台本を受け取ってあっさりと役を引き受けたとき、驚いたのはシウォンのほうだった。
「女役だぜ?」
「現代版だからひらひらしたドレスは着なくてもいいんでしょう?」
ソンミンは言葉を濁したが、ソンミンは聞き逃さなかった。
「ジュリエットはいつかやってみたかったんだ……」
はじめは劇団側がひどく反発した。ジュリエットは女なのに、どうして男のソンミンにジュリエット役をやらせるのか。シウォンの提案を真っ向から否定した。しかしシウォンは、ソンミン以外のジュリエットでは自分がロミオをやる理由がない、ソンミンじゃなければ劇団を止めると強行な態度を取った。
「いや、シウォン。おまえの言っていることはよくわかった。ソンミンは確かにかわいい。でも男じゃないか」
「そんなの関係ありません。女よりも演技が上手いんだから」
「まったく、ロミオとジュリエットのゲイの芝居でもやるつもりか?」
「女装させればいいでしょう。少しもばれませんよ」
「ふう……それじゃあ女装でもさせて明日スタッフ全員に認めさせてみろ」
揺れる黒髪のロングヘアのかつらをし、薄化粧をしたソンミンが繰り広げる〈RそしてJ〉のジュリエットの演技は劇団関係者全員を驚かせた。そしてシウォンも驚いた。正面から見たソンミンの芝居は予想以上だった。
「あなたの名前だけが私の敵です。モンターギュ家でもあなたはあなた。ああ、違う名前になってください。ロミオ様、その名前をお捨てになってくださったら、代わりにこの身体をそっくりそのまま差し上げますのに」
ロミオと会った後、ロミオが自分の敵の家だと知ったジュリエットがロミオを恋しがりながら言うソンミンの切ない独白に、観客席に座ってソンミンをぼんやりと見つめていたシウォンは、自分でも気づかぬうちにロミオのセリフを言っていた。
「その言葉通り、私はあなたを手に入れましょう。私を愛してると言ってくださるのなら、新しい洗礼を受けて、これからはロミオという名前を永久に捨てましょう」
観客席にいた人々は驚き、立ち上がってロミオのセリフを言うシウォンを見つめたが、ソンミンは迷うことなくセリフを続けた。
「どなたですか、こんな暗闇に隠れて、人の秘密を暴こうとなさるのは?」
成功だった。シウォンとの呼吸、役に対する集中力、そして女装をしたソンミンは、前のキョンガよりも確実にジュリエットらしかった。女にしては少し太い声だが、ソンミンの美声を聞いて劇団側は歓迎した。もちろん広報は女性俳優として出すということを前提にしたが、ソンミンはそんなことは気にしていなかった。
ソンミンが新しく合流し、〈RそしてJ〉は準備に入った。春の終わりに上演するために、息も白くなる冬の初めから練習は始まった。そして初上演が始まった春の終わり。ステージに上がる前にシウォンはソンミンに言った。
「ジュリエット。死ぬ時も一緒なんて、本当に羨ましいことだよな」
「うん、ジュリエットのそばにはロミオがいるから。彼女は死んでも幸せだったんだね」
「イ・ソンミン――チェ・シウォンのそばにいるイ・ソンミンになってくれないか?」
「……え?」
「ロミオ! 出演5秒前! こっちに早く来てください!」
スタッフが呼ぶ声に、シウォンは柔らかく握りしめ たソンミンの手を放し、走った。ソンミンは驚いた表情でシウォンの後ろ姿を見つめていた。しかしすぐに平静を取り戻し、純粋で好奇心の多いジュリエットの表情に戻ってステージのほうへ歩き出した。
初演は成功した。客席が全て埋まるほどではなかったが、スタンディングオベーションを受けた。初演の客のほとんどは新聞の芸能記者や文化雑誌の記者たちなど、冷静に公演を観覧しにきた人々だったので、スタンディングオベーションを受けるということは成功を意味していた。セリフは古典風だが、現代版にアレンジされたストーリーと演出が独特で優れているという評価が、翌日のすべての新聞に載った。
その上、ジュリエットを演じた新人女優”WHO”が目立ち、〈RそしてJ〉は演劇界で大きく抜きんでたスター級舞台になった。劇団さえポスターにソンミンの名前を掲げなかったせいで、推測を込めて“WHO”と呼ばれるが芸名となり、インターネット上でも”WHO”と呼ばれるようになった。
「本当にキョンガがずっとやっていたら、俺たちヘアンはひと月以内に消えていたかもしれない」
「みんなソンミンとシウォンのおかげだ。本当によかったな」
「もうすぐ前売り券が完売だって?」
「ところで我らが主人公たちはどこに行ったんだろう」
センターで集まって新聞に載った記事を見ながら出演者たちが大喜びしているとき、シウォンはソンミンをセンターの外にあるセノーカフェに呼び出して、向かい合わせに座っていた。シウォンの前には暖かい湯気をたてるアメリカーノがあって、ソンミンの前には牛乳が混ざったカフェラテが柔らかい香りを立てていた。
「評価はよかったけど、でも僕はまだ完璧じゃないと思ってる」
ソンミンはカフェラテが入ったマグカップを見つめ、指先で取手に触れながら呟いた。
「まだ答えてくれてないな」
「うん? ああ……」
ぼんやりとマグカップを見ながら、ソンミンはシウォンの言葉に頷いて笑って見せた。芝居が終わった後は出演者たちと打ち上げに行くためにソンミンの答えを聞けず、今朝は新聞記事を見るためにソンミンの答えを先延ばしにしたが、こんなふうにずっとソンミンの答えを先延ばしにしながら、シウォンは気が重くて死にそうだった。
「そうだな……どうしようかな」
ソンミンはにこにこ笑いながら暖かいマグカップを両手でそっと握りしめて、手で弄んだ。
「何だよ。忘れてたのか?」
「いや、あのときすぐに答えようとしたんだけど、公演が始まっちゃったじゃない」
「……どうしてこんなふうにじらす?」
「シウォンもじらしたから。シウォンが見てたの知ってたよ、僕がひとりで練習しているのを」
「なんだって?」
「嬉しかった。すごく嬉しかったよ。僕のアイドルだったシウォンが、僕の秘密の公演を内緒でも見守ってくれたこと……。だからわざわざ毎日練習していたんだ。シウォンが部室に来ない日も、もしかして遅くなってからでも見に来てくれるんじゃないかと思って……」
「……」
「シウォンの声を聞いてすごく嬉しかった。シウォンがロミオだから。シウォンが僕をジュリエットとして呼んでくれるのを、内心ずっと待っていたかもしれない。僕が女役ばかり練習していたこと、よく知っているでしょ?」
ソンミンはマグカップに触れていた手を放し、そばにあった水を一口飲んだ。
「オフィーリアを練習するとき、僕のヘンリーはシウォンで、ルーシーを演じるとき、僕のジキル博士はシウォンだった――これで答えになってる?」
シウォンはソンミンがシャワールームに入っていってからずっと、ギプスがつけられた自分の足首を見ていた。折れた骨が恨めしくもあり、労しくもあり、おかしくもあり、愛しくもあり、ギプスを見ながらいろいろな感情が浮かんだ。ずっと聞きたかったソンミンの言葉に嬉し過ぎて盛り上がってしまった自分が明らかに悪いのだが、自分が維持してきたロミオを、足が治るまで他の誰かに渡さなければならないのは本当につらかった。
成功を収めた公演シーズンの合間、合間に何度かオフがあったときは風邪もひかなかったのに、来月からまた新しく始まる予定だったのに、こんなふうに足が折れてしまった。引きずった足でステージにあがることはできないから、冬シーズンは新しいロミオを選ぶことになったのが気に障った。俳優を休まなければならないことより、自分のジュリエットが別の誰かに愛の告白をするということのほうが耐えられなかった。ソンミンも俳優だから仕方がないとわかっているが、どうしても嫉妬してしまう。
シャワーを終えたソンミンは、もうすぐふたりが告白しあったセノーカフェに行くのだ。そしてまるで自分自身に呪文をかけるようにカフェラテを注文して、その香りを嗅ぐのだ。ソンミンは、カフェラテは一口も飲まないが、その香りを嗅ぐのが好きだった。あのときカフェラテはシウォンが選んであげたのだった。ソンミンが「コーヒーは飲めない」という前にシウォンが注文してしまったので、ただ眺めるだけにすると言った。しかしソンミンはその香りがすごく好きだったし、シウォンとの思い出が詰まっているせいもあって、ジンクスのように癖のように、いつも芝居をする日は早めにカフェに行ってカフェラテを注文し、しばらく香りをかいで心を落ち着かせるのだった。
いっそソンミンのジュリエットに似合うロミオを演じられる人が出てこなければいいとシウォンは思ったが、自分の過ちのせいでソンミンの俳優生活まで止めることはできなかった。
まだジュリエットを演じる俳優が実は男であるということは公表しておらず、新人女優”WHO”ということになっているので、今度のロミオを選ぶのも慎重に行わなければならなかった。
「行ってくるから。休んでてね、ロミオ」
セノーカフェは良いところばかりだが、セノーの向かい側に別のカフェがあるということだけが短所だった。店長は気にしていないのかもしれないが、ソンミンには気になった。シウォンと一緒に来る日はいつもカフェの中にあるふかふかのかわいい黄色いソファに座るのだが、シウォンと一緒に来れない今日は、違うカフェが見える席にひとりで座ってコーヒーの香りを楽しむことにしている。彼がいない席にひとりで座るのは少し淋し過ぎると思ったからだ。
しかしソンミンが座っている席の真向かいのカフェに座っている男が、じっとソンミンを見つめているのを感じた。カフェとカフェは 車一台が通れるくらいの道路を挟んで離れており、人の顔をぼんやりとだが識別できるくらいだった。確かに男の目はソンミンを見ていた。黒い革のジャケットを着て、濃い色のジーンズを履いた彼は、目の前に置かれたコーヒーは眼中にもないのか、カップには一度も手を伸ばさず、組んだ手を顎にやったままソンミンを見つめていた。結構ハンサムな男だったが、じっとこちらを見つめる彼の視線が不快だった。
しかし残念なことに、その不快な視線を無視するにはソンミンは小心者過ぎた。男が見つめているとしても、無意味に無視したら彼が気を悪くするかもしれない。いたずらに人を思いやる〈優しさ〉ともいい難いその性格をシウォンは好きになってくれたのだから、特にその性格を直そうと思ったことはないが、硬い木の椅子が熱く感じられるほど男の視線が痛い今は、人の気持ちを気にせずに腹が立つ状況を回避する図太い性格が、自分には絶対に必要だと思った。
「ふぅ……」
ソンミンは彼の視線を避けて、マグカップを掴んでうつむき、溜息をついた。狂いそうだった。オフの期間、久しぶりに劇団に行く途中だった。いつもなら傍にシウォンがいるのに、自分の撒いた種のせいで彼はベッドに寝ている。前は楽しかった劇団に行くまでの道が、今は楽しくなかった。
シウォンの代役を選ぶ場所――シウォンの足が治るまでのの二ヶ月間、新しい〈RそしてJ〉のロミオ役を選ぶオーディションに行くことにした。自分のパートナーなのだから、その場所に行くのは当然だが、ロミオがシウォンじゃないのならジュリエットをやりたくないというのがソンミンの本心だった。
「俺だと思って演じればいい。お前の経歴を俺のせいで止めるわけにはいかないから」
「バカ。そんなことできるわけないじゃん」
もう一度思い出したシウォンの言葉に、ソンミンは鼻で笑った。そして自分を見つめている男の視線のせいで落ち込んだ気持ちは、よりいっそう憂鬱になった。普段は30分くらいカップをいじって店を出るが、今日はその平穏を楽しむことはできなかった。お金を払ってから、ガラスのドアを押して店を出るとき、向かいの店に座って自分を見ていたあの男と目が合った。ソンミンは驚いたが、さっと顔を反らした。
「変なひと……」
ソンミンは肩にかけていたカバンのひもを掛け直して、センターの方へと急いだ。
# 01
ギシギシといつもより激しく不規則に動くマットレスのせいで、調子が悪いようにベッドが軋んだ音をたてる。淡いピンク色のシーツがしわになりながら絡まるベッドの上で、ふたりは互いに伸ばした手を握りしめる力もない。上にいる男の行為がへたらしく、彼の中途半端な腰の動きに、下にいる男は若干興奮と苦痛が入り混じった呻き声をあげていた。
「ソンミン、もう少し動いて」
「僕だって一生懸命やってるってば」
下にいる男の声にはソンミンを責める様子は全くなかったが、ソンミンは自分が中途半端だということを自覚しているらしく、少し泣きそうになりながら言った。下にいる男は慌てて身体を起こしてソンミンを抱きしめ、ソンミンの背中をぽんぽんと叩いた。だが身体を起こしたせいで下にいた男のペニスが余計にソンミンの身体に入っていった。急に押し寄せてくる彼のペニスにソンミンは彼の肩を抱きしめながら艶めかしい呻き声をあげた。
「ああ、こうすればいいのか」
男はソンミンの腰を長い指で柔らかく撫でながら、ソンミンの骨盤を掴んで腰の上で動かし始めた。この体位はふたりにとって満足だったらしく、彼らの表情には濃厚な色が満ち、互いの唇を渇望した。男は指でソンミンの黒い髪を撫で、ソンミンの唇を深く吸いこんだ。秋が終わったのでも冬が始まったのでもない、秋と冬の中間の11月の朝日が、愛を分け合うふたりのベッドに差し込んでいた。
「ああっ、もうそろそろ……ん……」
「……もうそんな時間か」
ソンミンは枕元にあった 丸い時計の秒針と短針を見ながら男の背中を叩いた。男は顔を上げて時計を見ると、残念そうにラストスパートをかけてソンミンの呻き声のトーンを上げた。ソンミンの爪が男の肩に食い込み、ソンミンが顔を後ろに反らすのと同時に男の眉間にしわが寄って、ソンミンの身体の中にセックスの終わりを告げた。セックスが終わった後も、ふたりは抱き合った手を放せずに、そのまま座っていた。
「セノーカフェに寄るのをやめれば、もう一回やる時間があるのに」
「あそこのコーヒーの香りは僕の集中力をあげるってこと、知ってるでしょ」
男が残念そうに文句を言うと、ソンミンは男のまっすぐな鼻筋の先をふっと噛みしめながら笑って見せ、抱きしめていた肩を押して彼をベッドに寝かせた。ソンミンは、汗ばんだ額にくっついた男の短い髪をかき分けて、額にキスをした。男がソンミンの腰を抱きしめていた腕をほどかないので、ソンミンは彼の勃起しかけたペニスを握り、彼の腕から逃げた。
「おい、そこは大切なところなのに! ソンミン、この……」
男が腰を曲げて手を伸ばしソンミンの白い尻を撫でながら言うと、ソンミンは男の右太ももをつねった。
「シウォン、こっちの足も折られたいの?」
シウォンと呼ばれた男が柔らかい微笑みを浮かべながら首を横に振ると、ソンミンは下唇を噛みしめて、ギプスで固められたシウォンの左足首を綺麗に手入れした。行為は満足だったが、ケガをした彼の足を見ると苦しさが胸を襲ってくる。普段はシウォンが上になってセックスをリードしていたから、自分がリードするのは慣れていなかった。だが足をけがしているシウォンが上になるのは無理なことで、かと言ってセックスをしないわけにもいかないくらい、ふたりは愛し合っていた。
シウォンがこんなふうになったのは、もしかすると自分のせいかもしれないとソンミンは思っていた。自分が階段から押したわけではないが、それまで一度も言ったことのなかった「逢いたい」という言葉でシウォンを興奮させたことが間違いだったのだ。ふたりが付き合って半年が過ぎても、不思議とソンミンはシウォンに「逢いたい」と言ったことがなかった。もちろん愛しているとか好きだとかいう言葉を言うこはあったが、シウォンに逢いたい、シウォンが恋しいと言ったことは一度もなかった。
愛し合う恋人たちにとって「恋しい」という表現はもしかすると「愛している」という言葉よりも恋人に甘くほろ苦い言葉なのかもしれないとシウォンは思っていた。そんなシウォンに一週間前、何の前触れもなく「シウォンに逢いたい」とメールを送ってみたら、しばらくして来たのが病院からの電話だった。突然階段から落ちて足首の骨を折ったということだった。普段、運動神経がいい彼が自分のメールでこんなにも簡単にケガをしたのを見て、もしかして自分は、自分が思っている以上にシウォンを愛しているのかもしれないと思った。こんなバカみたいなところさえ、愛らしいと感じられたからだ。
「今日は家でゆっくり休んで」
「一緒に行ったらダメ?」
「一緒に行っても、シウォンは座ってるしかないだろ」
「おまえがおんぶして一緒に連れてってくれたらいいのに」
「ロミオが新しく選ばれるのを直接その目で見たいの?
「いや……」
「それに僕がシウォンをおぶったら、ケガをしている足をずるずる引きずることになるけど?」
シウォンは真剣に考えるような表情を浮かべながら、ソンミンの柔らかい尻を叩いて彼を浴室へ送り出した。それは最もだった。ソンミンよりも背が高いシウォンが、ソンミンの背中におぶられて足を引きずりながら運ばるなんてどこからどう見てもおかしな光景だ。それに新しいロミオ……やはり直接見ることを考えると、なんだかぞっとした。自分だけのジュリエットに新しいロミオができるということは愉快なことではなかった。
ソンミンとシウォンはヘアン劇団で公演している〈RそしてJ〉という現代版ロミオとジュリエットの主人公を演じていた。シウォンはロミオ、ソンミンはジュリエットを――。ソンミンがジュリエット役に決まるまでは、〈RそしてJ〉のジュリエットはキム・キョンガという女性がやっていた。役者経験と言えばせいぜい大学演劇部で何度から主演を演じたくらいのアマチュアで、24歳という若さでベテラン級の役者として成長しているシウォンと呼吸を合わせるのは難しいことだった。初公演が始まって約一週間、三度の公演をシウォンの知名度と中途半端なキョンガのの芝居で乗り切ってみた。が、シウォンの人気でもどうにもならないほど、キョンガの粗末な芝居は到底見られるものではないとわかると、シウォンはキョンガをジュリエット役から下ろさせた。
新しいジュリエット役を探していて、大学で一緒に演劇サークルにいたソンミンを思い出した。大学を卒業してから一年が過ぎていたが、演劇サークルのときもあまり親しくはなれなかったので、連絡先を知るのは容易なことではなかった。だが、ソンミンの連絡先は数時間で知ることができた。連絡先がわかるとすぐにソンミンに電話し、
「恵化駅2番出口からまっすぐの道を5分くらい上がってくるとヘアンセンターがあるから、そこに今日の夜8時までにきてくれ」
それだけ言って携帯電話を閉じた。自分が誰なのか、何のためにヘアンセンターに来て欲しいのかも告げずに――。ようやく突き止めたソンミンの電話番号を自分の携帯電話に打ち込んだ手がぶるぶる震えていたせいで、頭の中は真っ白になってしまったのだ。
大学演劇サークルのとき、演技力と生まれつきの背の高さ、そしてまるでギリシア彫刻のようなハンサムな外見のおかげでいつも主演だったシウォンと違って、ソンミンが主人公や助演としてステージ立ったことは一度もなかった。サークルの部員たちはかわいらしくて誰にでも好感を抱かせるソンミンを舞台に上げたいと思っていたが、ソンミンは「自分は芝居ができないから」と言って、ずっとサークルの世話ばかりしていた。シウォンはそんなソンミンには興味もなかった。ただサークルの一員として、深い話はできないが笑って挨拶くらいはする形式的な仲だった。
しかし学園祭の芝居の稽古が遅く終わったある日のこと。部員たちがみんな帰ったサークルの部室でソンミンが一人で「ジキルとハイド」でルーシー役のセリフとルーシーのソロ曲である「Sympathy, tenderness」を歌っている姿を見て、彼に一目惚れした。もちろんソンミンには内緒で、隠れて見ていた。彼の演技力と歌を歌う姿はアマチュアとは思えないほど訴える力が強かった。ドアを開けて中に入り、ソンミンを掴まえて「なぜ隠していたんだ」と問いただしたかった。いや、その前にアンコールをしたかった。だが突然自分のアイドル的存在を見つけたことに対するドキドキでシウォンの足は動かず、遠くから眺めるだけにした。
ソンミンの芝居が脳裏に焼きついた後も、シウォンは劇の配役を決める際、たとえ役者の数が足りなくても、ソンミンが自らやりたいと言わない以上、彼を推薦することはなかった。ただソンミンがひとりで練習しているのを毎日部室のドアの外から見守っているだけだった。シウォンはソンミンの一番のファンで、唯一のファンだった。ところで不思議なことに、ソンミンは男役のセリフを覚えるときは不安定だった。明らかに芝居をするような言い回しだった。一方、女役のセリフを覚えるときには――愛の試練に落ちた役では、その魅きつける力は倍になった。大学時代は内心、そんなソンミンにジュリエット役をやらせてみたいと思っていた。炎のような愛に落ちて死ぬまで諦めない幼くも勇敢な彼女を……。
そしてとうとう、そのチャンスが来たのだ。
だが自分のアイドル的存在だったソンミンと会話するということは、普段1000人を超える客の前に立つシウォンを、まるで憧れの歌手に逢った少女のように震えさせた。だからシウォンは芝居した。ソンミンの前で堂々と、単なる演劇俳優を探すキャスティング担当を演じた。断固とした口調で。ずっと逢いたかったという本心は言わずに、静かで冷静な人間を演じた。だがシウォンがそれまで演じてきた役の中で、これほど中途半端だったことはなかった。
「やっぱりシウォンだったんだね」
きっかり夜8時にセンターに来て、シウォンを見るなりソンミンはかわいい微笑みを浮かべた。そしてシウォンは最悪の芝居をした。静かで冷徹なキャスティング担当役ではなく、間違い電話をしてしまった狂った男の役でもなく、ドキドキするシウォン自信の気持ちを隠せずに、ソンミンに勘づかせてしまったのだ。
恋しいソンミンとの再会に対する喜びを語る前に、すぐさまシウォンは「ジュリエットをやってくれ」と言いながらソンミンに台本を渡した。当然断られる覚悟をして勇気を出して言った。だからソンミンが台本を受け取ってあっさりと役を引き受けたとき、驚いたのはシウォンのほうだった。
「女役だぜ?」
「現代版だからひらひらしたドレスは着なくてもいいんでしょう?」
ソンミンは言葉を濁したが、ソンミンは聞き逃さなかった。
「ジュリエットはいつかやってみたかったんだ……」
はじめは劇団側がひどく反発した。ジュリエットは女なのに、どうして男のソンミンにジュリエット役をやらせるのか。シウォンの提案を真っ向から否定した。しかしシウォンは、ソンミン以外のジュリエットでは自分がロミオをやる理由がない、ソンミンじゃなければ劇団を止めると強行な態度を取った。
「いや、シウォン。おまえの言っていることはよくわかった。ソンミンは確かにかわいい。でも男じゃないか」
「そんなの関係ありません。女よりも演技が上手いんだから」
「まったく、ロミオとジュリエットのゲイの芝居でもやるつもりか?」
「女装させればいいでしょう。少しもばれませんよ」
「ふう……それじゃあ女装でもさせて明日スタッフ全員に認めさせてみろ」
揺れる黒髪のロングヘアのかつらをし、薄化粧をしたソンミンが繰り広げる〈RそしてJ〉のジュリエットの演技は劇団関係者全員を驚かせた。そしてシウォンも驚いた。正面から見たソンミンの芝居は予想以上だった。
「あなたの名前だけが私の敵です。モンターギュ家でもあなたはあなた。ああ、違う名前になってください。ロミオ様、その名前をお捨てになってくださったら、代わりにこの身体をそっくりそのまま差し上げますのに」
ロミオと会った後、ロミオが自分の敵の家だと知ったジュリエットがロミオを恋しがりながら言うソンミンの切ない独白に、観客席に座ってソンミンをぼんやりと見つめていたシウォンは、自分でも気づかぬうちにロミオのセリフを言っていた。
「その言葉通り、私はあなたを手に入れましょう。私を愛してると言ってくださるのなら、新しい洗礼を受けて、これからはロミオという名前を永久に捨てましょう」
観客席にいた人々は驚き、立ち上がってロミオのセリフを言うシウォンを見つめたが、ソンミンは迷うことなくセリフを続けた。
「どなたですか、こんな暗闇に隠れて、人の秘密を暴こうとなさるのは?」
成功だった。シウォンとの呼吸、役に対する集中力、そして女装をしたソンミンは、前のキョンガよりも確実にジュリエットらしかった。女にしては少し太い声だが、ソンミンの美声を聞いて劇団側は歓迎した。もちろん広報は女性俳優として出すということを前提にしたが、ソンミンはそんなことは気にしていなかった。
ソンミンが新しく合流し、〈RそしてJ〉は準備に入った。春の終わりに上演するために、息も白くなる冬の初めから練習は始まった。そして初上演が始まった春の終わり。ステージに上がる前にシウォンはソンミンに言った。
「ジュリエット。死ぬ時も一緒なんて、本当に羨ましいことだよな」
「うん、ジュリエットのそばにはロミオがいるから。彼女は死んでも幸せだったんだね」
「イ・ソンミン――チェ・シウォンのそばにいるイ・ソンミンになってくれないか?」
「……え?」
「ロミオ! 出演5秒前! こっちに早く来てください!」
スタッフが呼ぶ声に、シウォンは柔らかく握りしめ たソンミンの手を放し、走った。ソンミンは驚いた表情でシウォンの後ろ姿を見つめていた。しかしすぐに平静を取り戻し、純粋で好奇心の多いジュリエットの表情に戻ってステージのほうへ歩き出した。
初演は成功した。客席が全て埋まるほどではなかったが、スタンディングオベーションを受けた。初演の客のほとんどは新聞の芸能記者や文化雑誌の記者たちなど、冷静に公演を観覧しにきた人々だったので、スタンディングオベーションを受けるということは成功を意味していた。セリフは古典風だが、現代版にアレンジされたストーリーと演出が独特で優れているという評価が、翌日のすべての新聞に載った。
その上、ジュリエットを演じた新人女優”WHO”が目立ち、〈RそしてJ〉は演劇界で大きく抜きんでたスター級舞台になった。劇団さえポスターにソンミンの名前を掲げなかったせいで、推測を込めて“WHO”と呼ばれるが芸名となり、インターネット上でも”WHO”と呼ばれるようになった。
「本当にキョンガがずっとやっていたら、俺たちヘアンはひと月以内に消えていたかもしれない」
「みんなソンミンとシウォンのおかげだ。本当によかったな」
「もうすぐ前売り券が完売だって?」
「ところで我らが主人公たちはどこに行ったんだろう」
センターで集まって新聞に載った記事を見ながら出演者たちが大喜びしているとき、シウォンはソンミンをセンターの外にあるセノーカフェに呼び出して、向かい合わせに座っていた。シウォンの前には暖かい湯気をたてるアメリカーノがあって、ソンミンの前には牛乳が混ざったカフェラテが柔らかい香りを立てていた。
「評価はよかったけど、でも僕はまだ完璧じゃないと思ってる」
ソンミンはカフェラテが入ったマグカップを見つめ、指先で取手に触れながら呟いた。
「まだ答えてくれてないな」
「うん? ああ……」
ぼんやりとマグカップを見ながら、ソンミンはシウォンの言葉に頷いて笑って見せた。芝居が終わった後は出演者たちと打ち上げに行くためにソンミンの答えを聞けず、今朝は新聞記事を見るためにソンミンの答えを先延ばしにしたが、こんなふうにずっとソンミンの答えを先延ばしにしながら、シウォンは気が重くて死にそうだった。
「そうだな……どうしようかな」
ソンミンはにこにこ笑いながら暖かいマグカップを両手でそっと握りしめて、手で弄んだ。
「何だよ。忘れてたのか?」
「いや、あのときすぐに答えようとしたんだけど、公演が始まっちゃったじゃない」
「……どうしてこんなふうにじらす?」
「シウォンもじらしたから。シウォンが見てたの知ってたよ、僕がひとりで練習しているのを」
「なんだって?」
「嬉しかった。すごく嬉しかったよ。僕のアイドルだったシウォンが、僕の秘密の公演を内緒でも見守ってくれたこと……。だからわざわざ毎日練習していたんだ。シウォンが部室に来ない日も、もしかして遅くなってからでも見に来てくれるんじゃないかと思って……」
「……」
「シウォンの声を聞いてすごく嬉しかった。シウォンがロミオだから。シウォンが僕をジュリエットとして呼んでくれるのを、内心ずっと待っていたかもしれない。僕が女役ばかり練習していたこと、よく知っているでしょ?」
ソンミンはマグカップに触れていた手を放し、そばにあった水を一口飲んだ。
「オフィーリアを練習するとき、僕のヘンリーはシウォンで、ルーシーを演じるとき、僕のジキル博士はシウォンだった――これで答えになってる?」
シウォンはソンミンがシャワールームに入っていってからずっと、ギプスがつけられた自分の足首を見ていた。折れた骨が恨めしくもあり、労しくもあり、おかしくもあり、愛しくもあり、ギプスを見ながらいろいろな感情が浮かんだ。ずっと聞きたかったソンミンの言葉に嬉し過ぎて盛り上がってしまった自分が明らかに悪いのだが、自分が維持してきたロミオを、足が治るまで他の誰かに渡さなければならないのは本当につらかった。
成功を収めた公演シーズンの合間、合間に何度かオフがあったときは風邪もひかなかったのに、来月からまた新しく始まる予定だったのに、こんなふうに足が折れてしまった。引きずった足でステージにあがることはできないから、冬シーズンは新しいロミオを選ぶことになったのが気に障った。俳優を休まなければならないことより、自分のジュリエットが別の誰かに愛の告白をするということのほうが耐えられなかった。ソンミンも俳優だから仕方がないとわかっているが、どうしても嫉妬してしまう。
シャワーを終えたソンミンは、もうすぐふたりが告白しあったセノーカフェに行くのだ。そしてまるで自分自身に呪文をかけるようにカフェラテを注文して、その香りを嗅ぐのだ。ソンミンは、カフェラテは一口も飲まないが、その香りを嗅ぐのが好きだった。あのときカフェラテはシウォンが選んであげたのだった。ソンミンが「コーヒーは飲めない」という前にシウォンが注文してしまったので、ただ眺めるだけにすると言った。しかしソンミンはその香りがすごく好きだったし、シウォンとの思い出が詰まっているせいもあって、ジンクスのように癖のように、いつも芝居をする日は早めにカフェに行ってカフェラテを注文し、しばらく香りをかいで心を落ち着かせるのだった。
いっそソンミンのジュリエットに似合うロミオを演じられる人が出てこなければいいとシウォンは思ったが、自分の過ちのせいでソンミンの俳優生活まで止めることはできなかった。
まだジュリエットを演じる俳優が実は男であるということは公表しておらず、新人女優”WHO”ということになっているので、今度のロミオを選ぶのも慎重に行わなければならなかった。
「行ってくるから。休んでてね、ロミオ」
セノーカフェは良いところばかりだが、セノーの向かい側に別のカフェがあるということだけが短所だった。店長は気にしていないのかもしれないが、ソンミンには気になった。シウォンと一緒に来る日はいつもカフェの中にあるふかふかのかわいい黄色いソファに座るのだが、シウォンと一緒に来れない今日は、違うカフェが見える席にひとりで座ってコーヒーの香りを楽しむことにしている。彼がいない席にひとりで座るのは少し淋し過ぎると思ったからだ。
しかしソンミンが座っている席の真向かいのカフェに座っている男が、じっとソンミンを見つめているのを感じた。カフェとカフェは 車一台が通れるくらいの道路を挟んで離れており、人の顔をぼんやりとだが識別できるくらいだった。確かに男の目はソンミンを見ていた。黒い革のジャケットを着て、濃い色のジーンズを履いた彼は、目の前に置かれたコーヒーは眼中にもないのか、カップには一度も手を伸ばさず、組んだ手を顎にやったままソンミンを見つめていた。結構ハンサムな男だったが、じっとこちらを見つめる彼の視線が不快だった。
しかし残念なことに、その不快な視線を無視するにはソンミンは小心者過ぎた。男が見つめているとしても、無意味に無視したら彼が気を悪くするかもしれない。いたずらに人を思いやる〈優しさ〉ともいい難いその性格をシウォンは好きになってくれたのだから、特にその性格を直そうと思ったことはないが、硬い木の椅子が熱く感じられるほど男の視線が痛い今は、人の気持ちを気にせずに腹が立つ状況を回避する図太い性格が、自分には絶対に必要だと思った。
「ふぅ……」
ソンミンは彼の視線を避けて、マグカップを掴んでうつむき、溜息をついた。狂いそうだった。オフの期間、久しぶりに劇団に行く途中だった。いつもなら傍にシウォンがいるのに、自分の撒いた種のせいで彼はベッドに寝ている。前は楽しかった劇団に行くまでの道が、今は楽しくなかった。
シウォンの代役を選ぶ場所――シウォンの足が治るまでのの二ヶ月間、新しい〈RそしてJ〉のロミオ役を選ぶオーディションに行くことにした。自分のパートナーなのだから、その場所に行くのは当然だが、ロミオがシウォンじゃないのならジュリエットをやりたくないというのがソンミンの本心だった。
「俺だと思って演じればいい。お前の経歴を俺のせいで止めるわけにはいかないから」
「バカ。そんなことできるわけないじゃん」
もう一度思い出したシウォンの言葉に、ソンミンは鼻で笑った。そして自分を見つめている男の視線のせいで落ち込んだ気持ちは、よりいっそう憂鬱になった。普段は30分くらいカップをいじって店を出るが、今日はその平穏を楽しむことはできなかった。お金を払ってから、ガラスのドアを押して店を出るとき、向かいの店に座って自分を見ていたあの男と目が合った。ソンミンは驚いたが、さっと顔を反らした。
「変なひと……」
ソンミンは肩にかけていたカバンのひもを掛け直して、センターの方へと急いだ。








