最後のSmile,Junkyです。
これで、終わりです。
私が翻訳したら本当…原文より感動が半減していますね。
ごめんなさい><
でも私が本当に大好きな作品です。
初めて読んだときから今も、読み返したら泣いてしまいます。
次は何を翻訳しようか、迷い中です。
最近、何も読んでないので、今まで読んだ作品を翻訳するかー。
事故多発地域は本当に面白かったけど、もうあらすじ載せちゃったしねぇ。
「モノクローム」はベッドシーンが激しすぎたので書く自信がない(笑)
「ぼくたちはスーパージュニアです」は面白かったんだけど、
シュジュがばらばらになってしまうストーリーなのでちょっと悲しすぎる。
どうしよーかなー。もんもん。


これで、終わりです。
私が翻訳したら本当…原文より感動が半減していますね。
ごめんなさい><
でも私が本当に大好きな作品です。
初めて読んだときから今も、読み返したら泣いてしまいます。
次は何を翻訳しようか、迷い中です。
最近、何も読んでないので、今まで読んだ作品を翻訳するかー。
事故多発地域は本当に面白かったけど、もうあらすじ載せちゃったしねぇ。
「モノクローム」はベッドシーンが激しすぎたので書く自信がない(笑)
「ぼくたちはスーパージュニアです」は面白かったんだけど、
シュジュがばらばらになってしまうストーリーなのでちょっと悲しすぎる。
どうしよーかなー。もんもん。


右の手首が丸く円を描いた。自由に回るのが不思議で、ソンミンはもう一度自分の思い通りに手首をまわした。力を込めると手首に血管が立つことに実感が湧かなかった。
およそ一カ月ぶりにギプスがとれた。日差しが眩しい日だった。
ソンミンのギブスがとれる数日前から、ギュヒョンは甲斐甲斐しくソンミンの荷物を取り揃え、ひとつずつ大きな箱に入れていった。箱はかなり多かった。やってきたときは身体ひとつだったのに、明らかに荷物が増えていることに疑問が抱き、ソンミンは箱を開けた。その瞬間、眩暈がした。季節ごとにきっちり分類された服と好んで読んでいた本、ベッドカバー、枕カバー、人形、箸、そして歯ブラシまで、使い捨てのパックにきちんとしまってあった。みぞおちの端が痺れるようで ソンミンは開いた箱を慌てて閉じた。
ココアが入ったマグカップを手に、ギュヒョンがやってきた。ギュヒョンが淹れてくれる最後のココアをソンミンは受け取った。甘い粒子が金色の香りを漂わせながら空気中に広がってゆく。ギュヒョンはソンミンの隣に座り、煙草を取り出しくわえた。眩暈がするほど日差しが眩しくて、目が開けられなかった。
「キム・ヨンウンは……いつ来るって?」
「もうすぐ来るよ」
ヨンウンの傷は徐々に癒えていった。状態が随分よくなったヨンウンは、外出許可を取ってソンミンの引っ越しの荷物を運んでくれることになっていた。ヨンウンは気乗りがしないようだったが、一緒に暮らす家だし、物の配置も一緒に決めなければならないと思い、ソンミンがヨンウンをマンションに呼んだ。
うなだれた視界にギュヒョンの腕が見えた。目立つ骨をそっと抑えたい衝動を抑えながら、ソンミンはココアを飲んだ。舌先に絡むココアは、格別にほろ苦かった。
ギュヒョンは日が追うごとに乾いていき、枯れていった。
いつだったか、ギュヒョンはリンゲルを受けた。日々、全ての物を吐き出すだけでは飽き足りず、点滴にさえ拒否反応を起こすギュヒョンを見た。リンゲルを受けるのをやめて、ギュヒョンはまた嘔吐した。ギュヒョンの綺麗な口から吐き出される澄んだ胃液が自分のもののようで、ソンミンは罪悪感に身体をよじった。冬に木が枯れていくように葉が落ちきったギュヒョンの大地は、薄い氷で覆われた荒涼として寂しい野原のようだった。だが、死んだ大地にも春は来る。ソンミンは春を待っていた。ギュヒョンがまた自分がいなかった頃のように戻り生き生きと優雅に生き返るその日を、ソンミンは待っていた。
「マンション、見つかったのか?」
「うん……」
「よかったな」
「……」
「それで、何にする?」
「……何が?」
「昼食だよ。最後の食事だからおいしいものを食べさせたいんだ」
「気を遣わないで」
自分は食べ物を飲み込むことさえできないくせに――。
ソンミンは思ったが、その言葉は熱いココアと一緒に飲み込んだ。
「お粥は? キム・ヨンウンは、お粥は食べられる?」
「多分……」
「じゃあ牛肉粥にしよう。牛肉粥、好きだろう? 最後の食事なのに……こじんまりし過ぎかな」
「そんなことないよ」
「そうか、じゃあ牛肉粥に決まりだ」
どこを見ていいかわからなくて落とした視線の先に、ココアの中に溶けていくマシュマロが見えた。白い尾を引きながら溶けていくマシュマロをぼんやり見つめるソンミンの視界に、何かがすっと入ってきた。顔をあげると、ギュヒョンが優しく笑っていた。相変わらず太陽の光が目映過ぎて、ソンミンはうまく目を開けられなかった。
「これ、何?」
「電話番号だ。俺がフィリップ・モリスを買うときの電話番号……もう俺が代わりに買ってあげられないから」
「……ありがとう」
ソンミンは受け取ったメモを急いでズボンのポケットにしまった。ギュヒョンの細々とした気遣いが恨めしかった。
自分の身体ひとつちゃんと動かせないくせに……。
そんなソンミンを眺めているギュヒョンの唇に、苦笑いが浮かんだ。
「昼食の準備をするから」
そんな言葉と共にギュヒョンは立ち上がり、疲れた背中でキッチンに入っていった。ギュヒョンが座っていた席の温かさを感じようとするように、ソンミンは椅子の上をゆっくりと撫でた。ポケットにつっこんだメモを取り出した。ギュヒョンに似た真っ白なメモ用紙に一文字一文字力を入れて書かれたさっぱりとした九文字の電話番号があまりにもまばゆくて、ソンミンは目を閉じた。左目の下の筋肉がぶるぶると震えて、どうしてもギュヒョンの前では言えなかった感情が溢れた。
「ごめん……」
ギュヒョンがいない席にも、そんな言葉しか言えなくて……ごめん……。
飲み終わったココアのカップを片づけようとキッチンに入ると、ギュヒョンが料理の真っ最中だった。ソンミンはまな板の上に並んだ玉ねぎと味付けされた牛肉を、ギュヒョンの肩越しにすっと取った。
「おいしい?」
「うん」
日を追うごとにソンミンの食欲は増していった。ギュヒョンの食欲まで、悪魔のようにぺろりと食いつくしてしまったのかもしれない。どんなに食べても満たされることのない空しさに、毎日の腹立たしさに、くたびれてまた胃を空にする。食材をぼんやりと見つめるソンミンの手に、ギュヒョンが包丁を握らせた。
「やってみろ」
「え?」
「もうおまえがやらなきゃだめだろ? キム・ヨンウンは見るからに料理の料の字も知らなさそうだから」
慈愛に満ちた笑顔は扇の骨のような金色の光線を湛え、密度が偏った台所の空気にふっと広がった。ソンミンの右手に握られた包丁が少しためらうように、しかし正確に、まな板の上の人参に下ろされた。一直線に降りてきちんと切られた人参を見て、ギュヒョンは笑った。
「手首の傷、治ったみたいだな」
「え?」
包丁を握っている手が折れていた右手首だと言うことに、今になってから気づいた。今、包丁を握られるほどに握力が戻った。ギュヒョンはソンミンの細い手首をさすった。触れた指先から、暖かい言葉が染みてくるようだった。
「上手だ。心配しなくても大丈夫みたいだな」
久しぶりに興味がわいた。左手に人参を掴んで右手で包丁を降ろす。タンタンとまな板にナイフが下ろされる音が鳴り響く度に、人参は綺麗に切られていく。
「元気な姿で見送りたかったから……よかった」
ギュヒョンは言った。
「ソンミン……。ヨンウンのところに行っても、笑っていなきゃだめだぞ。おまえが笑っていれば……」
「……?」
「おまえが笑っていれば……俺も笑える」
ギュヒョンが駄々をこねるように願いを吐き出すと、ソンミンは淋しく笑ってみせた。
「そう……そうでなきゃ」
そう言ってギュヒョンは、その余韻を相殺するようにまたナイフを握った。ギュヒョンは人参を扱う方法を、手際よくソンミンの前でやってみせた。
「よく見ろ。ナイフをこんなふうに握って突き刺して、一回りさせて切り落とせばいい。汚いへたを取るんだ。へたは食べられないから」
ギュヒョンのナイフさばきで手際よく切り落とされた丸いへたを、ソンミンはしばらくぼんやり見つめていた。そしてギュヒョンは再びソンミンの手にナイフを持たせた。「やってみろ」というゆとりのある声に、ソンミンはもう一度ナイフを握り締めた。そのとき――。
ピンポン――。
「来たみたいだな……」
「僕、ちょっと出てくるよ」
「いや、俺が行こう」
習慣的に手を水ですすぎ、ギュヒョンは台所を出て廊下を歩いていった。鍵をはずし、ドアを開けると、そこにカンインが立っていた。病院着の上に羽織った上着が、夏の終わりと秋のはじまりを物語っていた。ギュヒョンはさっと目配せをした。少し伸びた前髪の間に見える真っ黒い瞳は、相変わらず本音を読むことができないほどに深く、抜け目なく振舞っていた。
ギュヒョンが端に避けて道を開けてやると、少し躊躇いながらカンインは玄関に入った。箱で溢れた廊下をゆっくりと横切ってリビングに着いたカンインの背中を、ギュヒョンは見つめた。のろのろした歩みでギュヒョンはキッチンに続く通路に立ち、人参を切っているソンミンの曲がった背中を一瞬見つめた。そして――。
カチャ。
銃口が、カンインに向けられた。

「キム・ヨンウン」
ギュヒョンは、振り向いたヨンウンのこめかみを狙った。銃を見ながらも無表情なヨンウンに腹が立った。無表情な顔の上に、平然さが散りばめられていた。やっと殺されるのかというような――。どこからかすっぱい匂いがこみ上げてきて、鼻先を突いた。何も食べていないのに、空っぽの胃からしきりに吐き気が込み上げてきた。
「おまえが消される対象になった」
「ギュヒョン!」
振り向いた視界に、小さな動物のように怯えた目をして震えるソンミンが見えた。ソンミンの手に握られた包丁が光を受けて、震えながら眩しく光った。ソンミンを一度見てから、ギュヒョンは言葉を続けた。
「うちのボスが、もう仲良く分け合うのはお疲れになったらしい」
「……」
「何のことだかわからないか? つまり裏切りってやつだ。おまえが嫌いなわけじゃないが、死んでもらわなければならない」
「ギュヒョン!」
ソンミンが震える声でギュヒョンを引き留めたが、ギュヒョンはお構いなしというように言葉を続けた。
「こめかみを撃てば即死だ。痛くなくしてやるから」
するとカンインが、
「銃が震えているじゃないか。みっともないな。素人じゃあるまいし。両手で銃身を握って固定しろ」
逆に助言をしながらにやりと笑った。
自分が殺されそうだというのに、やることがでたらめな野郎だ……。
今さらになってどうしようもなく震えるのは、ソンミンだけではなく自分の手であるということにギュヒョンは気づいた。自分を中心にして、全世界が黄色く波打って揺れていた。たくさんの血を手につけながら生きてきたはずなのに。今さらになってやっと震える自分が情けない。
「ギュヒョン……」
ソンミンが震える声でしきりにギュヒョンを止める。小さく震えながら鼓膜に入る声が心臓に突き刺さり、ギュヒョンの胸で音を立てた。
「ギュヒョン……やめて……やめて……僕のせいでこれ以上……手を汚さないで……」
おまえのせいじゃないさ。怪物になった醜い俺のわがままが、自分に命令したんだ。自分で選んだ結末だから、心配しないでくれ――。
ソンミンが全身を情けなく震わせている。どうしようもない震えで取り落としそうなナイフを、ソンミンは両手で力いっぱい握り締めた。
ギュヒョンが引き金に指をかけた。
力を入れれば……トリガーに力を入れれば……。
ソンミンが握りしめったナイフが日差しを反射して、視界の中で青く煌めいた。その輝きが眩しくて、ギュヒョンは両目を深く閉じた。
そして、引き金が引かれた。
カチャリ。
ソンミンがギュヒョンに飛びかかったのは、その瞬間だった。
ソンミンの小さな身体にもたれ、ギュヒョンは身体を震わせた。ギュヒョンの腹部に刺さったナイフは、ギュヒョンが教えた通り、正確に突き刺して、一回りさせていた。圧力に勝てずに流れ出た血に、ギュヒョンの白い手は真っ赤に染まっていた。
ギュヒョンの手に握られていた銃が力なく落ちた。銃は空しい音を出して床に落ち、空っぽの弾倉がはずれてちらばった。銃なんて発射していなかった。笑えもしない。初めから、銃弾は入っていなかったのだ。最初からキム・ヨンウンへの殺意などなかったのだ。
状況を把握したカンインの驚愕した視線がギュヒョンに向いた。ギュヒョンの腹部に刺さった鋭いナイフがギュヒョンをいっぱいに満たした。生き場を失った血液が逆流し口からしきりに溢れた。あまりの生臭さにまるで自分を食べているような気がして、込み上げる吐き気にギュヒョンは唇を噛みしめた。
膝から力が抜け、ギュヒョンはソンミンの目の前であっけなく倒れた。その瞬間、濁った視線が交差して、ソンミンは血の付いた手をぼんやりと見下ろした。
「ギュ……ヒョン……?」
現実を直視できない、夢を見ているようなぼんやりとした声。視界がちかちか点滅を繰り返しながら、ぼんやりとしていった。
「ギュ……ギュヒョン……」
手首は完治したようで、力がこもった一撃だった。腹に刺さったナイフが思ったより痛くて、ギュヒョンは小さな息を苦しそうに吐き出した。
よかった。元気な姿で見送りたかったんだ――。
生臭さに耐えられず口を開くと、煮えたぎった血が食道を伝って逆流した。今まで吐き出せなかった感情たちが、真っ赤な血となり溢れだすようだった。ギュヒョンの口元に沿って流れる鮮血に現実を実感したソンミンの悲鳴が、残酷にマンションに鳴り響いた。
「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛っ゛っ゛っ゛!!!!!!」
「チョ・ギュヒョン!!!!!」
カンインもやはり呆然としているようだ。
――これが俺の選択だ。俺が願ってやまなかった結末が、おまえは気に入らないか? いつも両極端だった俺たちが共有していたものは、ジャンキーへの気持ちだけだったな。
「っ……ギュヒョン!! ギュヒョン!!!」
遠くからジャンキーの嗚咽が聞こえる。白く砕けて沈むのを繰り返す視界に合わせて、声もだんだん遥か遠い場所から聞こえてくるような気がした。
泣く……な……ジャンキー。
ジャンキーが、荒々しい手つきでギュヒョンの頭を抱きしめた。ジャンキーの小さな胸に頭を埋めて、ギュヒョンはようやく平穏な息を吐き出した。ギュヒョンの血がジャンキーのやせ細った膝を濡らし、いつもギュヒョンに対して冷たかったジャンキーの胸が、今は暖かかった。
「目を開けて! 目を開けてよ、ギュヒョン!!!」
ジャンキーが小さな拳でギュヒョンの胸を殴った。ひとつも痛くなくて、かえってすまない気持ちになった。
ジャンキー……。
悪いが……今は……目を開ける力もない……。
俺の……愛するジャンキー……許してくれるか……?
細く閉じられていく視界の隙間からジャンキーの顔が見えた。いつも澄んでいたはずの顔が涙に濡れ、光っていた。ジャンキーが泣いている。眉間いっぱいにしわを寄せて、ギュヒョンの前ではいつも生気のなかった頬の上をとめどない涙が流れて落ちていく。ギュヒョンの血が跳ねて、情けないほどやつれた顔だった。ギュヒョンはジャンキーの顔に触れたかったが、手が動かなかった。あまりにも食事を抜き過ぎたせいだろうか。今更になって食事をとらなかったことを後悔した。
最期にひとつだけ……俺の願いを聞いてくれるか。
俺の網膜に永遠に、おまえのかわいい姿を刻ませてくれ。
死んでも忘れられないおまえの姿が、眩しく輝くようにしてくれ。
「笑って……ジャンキー……」
笑って。ジャンキー。おまえは笑わないとだめだ……。
俺が死んでやるんだから。
おまえの幸せのために、俺が死んでやるんだから笑ってくれ。
昔みたいに眩しく、まばゆく。
俺の目を見えなくさせたあの愛らしい微笑みで笑ってくれ。
俺の果てしない罪を消し去ってくれるあの眩しい笑顔で笑ってくれ。
そうしたら、俺も笑える。
そうしたら、俺の未来も明るく照らされる。
笑ってくれ。
ジャンキー。
笑ってくれ。
愛するソンミン。
やがて、ギュヒョンの身体は冷たく冷えていった。
ジャンキーの胸は暖かくなっていくのに、歯ががちがち震えるほど、全身が冷たい。
視界がゆっくりと閉じられて、耳元を満たすジャンキーの嗚咽も遥か遠くなっていった。
やってきた静寂の中で、ギュヒョンはようやく安らぎを感じた。
いつかのジャンキーがそうだったように――。
ギュヒョンはジャンキーの小さな手に収まらず、するりと床に落ちた。
全身の力がどうしようもなく抜けていく。
おまえが笑っていれば……俺も笑える――。
だから、ギュヒョンは唇の端を持ち上げた。
最後の力を尽くして。
俺は不幸でも、おまえだけは幸せでいてくれ。
俺が泣いていても、おまえだけは笑っていてくれ。
Smile, junky.
Fin.
(20061229 ~ 20070217)
written by lamlam
http://lamlam.lil.to

およそ一カ月ぶりにギプスがとれた。日差しが眩しい日だった。
ソンミンのギブスがとれる数日前から、ギュヒョンは甲斐甲斐しくソンミンの荷物を取り揃え、ひとつずつ大きな箱に入れていった。箱はかなり多かった。やってきたときは身体ひとつだったのに、明らかに荷物が増えていることに疑問が抱き、ソンミンは箱を開けた。その瞬間、眩暈がした。季節ごとにきっちり分類された服と好んで読んでいた本、ベッドカバー、枕カバー、人形、箸、そして歯ブラシまで、使い捨てのパックにきちんとしまってあった。みぞおちの端が痺れるようで ソンミンは開いた箱を慌てて閉じた。
ココアが入ったマグカップを手に、ギュヒョンがやってきた。ギュヒョンが淹れてくれる最後のココアをソンミンは受け取った。甘い粒子が金色の香りを漂わせながら空気中に広がってゆく。ギュヒョンはソンミンの隣に座り、煙草を取り出しくわえた。眩暈がするほど日差しが眩しくて、目が開けられなかった。
「キム・ヨンウンは……いつ来るって?」
「もうすぐ来るよ」
ヨンウンの傷は徐々に癒えていった。状態が随分よくなったヨンウンは、外出許可を取ってソンミンの引っ越しの荷物を運んでくれることになっていた。ヨンウンは気乗りがしないようだったが、一緒に暮らす家だし、物の配置も一緒に決めなければならないと思い、ソンミンがヨンウンをマンションに呼んだ。
うなだれた視界にギュヒョンの腕が見えた。目立つ骨をそっと抑えたい衝動を抑えながら、ソンミンはココアを飲んだ。舌先に絡むココアは、格別にほろ苦かった。
ギュヒョンは日が追うごとに乾いていき、枯れていった。
いつだったか、ギュヒョンはリンゲルを受けた。日々、全ての物を吐き出すだけでは飽き足りず、点滴にさえ拒否反応を起こすギュヒョンを見た。リンゲルを受けるのをやめて、ギュヒョンはまた嘔吐した。ギュヒョンの綺麗な口から吐き出される澄んだ胃液が自分のもののようで、ソンミンは罪悪感に身体をよじった。冬に木が枯れていくように葉が落ちきったギュヒョンの大地は、薄い氷で覆われた荒涼として寂しい野原のようだった。だが、死んだ大地にも春は来る。ソンミンは春を待っていた。ギュヒョンがまた自分がいなかった頃のように戻り生き生きと優雅に生き返るその日を、ソンミンは待っていた。
「マンション、見つかったのか?」
「うん……」
「よかったな」
「……」
「それで、何にする?」
「……何が?」
「昼食だよ。最後の食事だからおいしいものを食べさせたいんだ」
「気を遣わないで」
自分は食べ物を飲み込むことさえできないくせに――。
ソンミンは思ったが、その言葉は熱いココアと一緒に飲み込んだ。
「お粥は? キム・ヨンウンは、お粥は食べられる?」
「多分……」
「じゃあ牛肉粥にしよう。牛肉粥、好きだろう? 最後の食事なのに……こじんまりし過ぎかな」
「そんなことないよ」
「そうか、じゃあ牛肉粥に決まりだ」
どこを見ていいかわからなくて落とした視線の先に、ココアの中に溶けていくマシュマロが見えた。白い尾を引きながら溶けていくマシュマロをぼんやり見つめるソンミンの視界に、何かがすっと入ってきた。顔をあげると、ギュヒョンが優しく笑っていた。相変わらず太陽の光が目映過ぎて、ソンミンはうまく目を開けられなかった。
「これ、何?」
「電話番号だ。俺がフィリップ・モリスを買うときの電話番号……もう俺が代わりに買ってあげられないから」
「……ありがとう」
ソンミンは受け取ったメモを急いでズボンのポケットにしまった。ギュヒョンの細々とした気遣いが恨めしかった。
自分の身体ひとつちゃんと動かせないくせに……。
そんなソンミンを眺めているギュヒョンの唇に、苦笑いが浮かんだ。
「昼食の準備をするから」
そんな言葉と共にギュヒョンは立ち上がり、疲れた背中でキッチンに入っていった。ギュヒョンが座っていた席の温かさを感じようとするように、ソンミンは椅子の上をゆっくりと撫でた。ポケットにつっこんだメモを取り出した。ギュヒョンに似た真っ白なメモ用紙に一文字一文字力を入れて書かれたさっぱりとした九文字の電話番号があまりにもまばゆくて、ソンミンは目を閉じた。左目の下の筋肉がぶるぶると震えて、どうしてもギュヒョンの前では言えなかった感情が溢れた。
「ごめん……」
ギュヒョンがいない席にも、そんな言葉しか言えなくて……ごめん……。
飲み終わったココアのカップを片づけようとキッチンに入ると、ギュヒョンが料理の真っ最中だった。ソンミンはまな板の上に並んだ玉ねぎと味付けされた牛肉を、ギュヒョンの肩越しにすっと取った。
「おいしい?」
「うん」
日を追うごとにソンミンの食欲は増していった。ギュヒョンの食欲まで、悪魔のようにぺろりと食いつくしてしまったのかもしれない。どんなに食べても満たされることのない空しさに、毎日の腹立たしさに、くたびれてまた胃を空にする。食材をぼんやりと見つめるソンミンの手に、ギュヒョンが包丁を握らせた。
「やってみろ」
「え?」
「もうおまえがやらなきゃだめだろ? キム・ヨンウンは見るからに料理の料の字も知らなさそうだから」
慈愛に満ちた笑顔は扇の骨のような金色の光線を湛え、密度が偏った台所の空気にふっと広がった。ソンミンの右手に握られた包丁が少しためらうように、しかし正確に、まな板の上の人参に下ろされた。一直線に降りてきちんと切られた人参を見て、ギュヒョンは笑った。
「手首の傷、治ったみたいだな」
「え?」
包丁を握っている手が折れていた右手首だと言うことに、今になってから気づいた。今、包丁を握られるほどに握力が戻った。ギュヒョンはソンミンの細い手首をさすった。触れた指先から、暖かい言葉が染みてくるようだった。
「上手だ。心配しなくても大丈夫みたいだな」
久しぶりに興味がわいた。左手に人参を掴んで右手で包丁を降ろす。タンタンとまな板にナイフが下ろされる音が鳴り響く度に、人参は綺麗に切られていく。
「元気な姿で見送りたかったから……よかった」
ギュヒョンは言った。
「ソンミン……。ヨンウンのところに行っても、笑っていなきゃだめだぞ。おまえが笑っていれば……」
「……?」
「おまえが笑っていれば……俺も笑える」
ギュヒョンが駄々をこねるように願いを吐き出すと、ソンミンは淋しく笑ってみせた。
「そう……そうでなきゃ」
そう言ってギュヒョンは、その余韻を相殺するようにまたナイフを握った。ギュヒョンは人参を扱う方法を、手際よくソンミンの前でやってみせた。
「よく見ろ。ナイフをこんなふうに握って突き刺して、一回りさせて切り落とせばいい。汚いへたを取るんだ。へたは食べられないから」
ギュヒョンのナイフさばきで手際よく切り落とされた丸いへたを、ソンミンはしばらくぼんやり見つめていた。そしてギュヒョンは再びソンミンの手にナイフを持たせた。「やってみろ」というゆとりのある声に、ソンミンはもう一度ナイフを握り締めた。そのとき――。
ピンポン――。
「来たみたいだな……」
「僕、ちょっと出てくるよ」
「いや、俺が行こう」
習慣的に手を水ですすぎ、ギュヒョンは台所を出て廊下を歩いていった。鍵をはずし、ドアを開けると、そこにカンインが立っていた。病院着の上に羽織った上着が、夏の終わりと秋のはじまりを物語っていた。ギュヒョンはさっと目配せをした。少し伸びた前髪の間に見える真っ黒い瞳は、相変わらず本音を読むことができないほどに深く、抜け目なく振舞っていた。
ギュヒョンが端に避けて道を開けてやると、少し躊躇いながらカンインは玄関に入った。箱で溢れた廊下をゆっくりと横切ってリビングに着いたカンインの背中を、ギュヒョンは見つめた。のろのろした歩みでギュヒョンはキッチンに続く通路に立ち、人参を切っているソンミンの曲がった背中を一瞬見つめた。そして――。
カチャ。
銃口が、カンインに向けられた。

「キム・ヨンウン」
ギュヒョンは、振り向いたヨンウンのこめかみを狙った。銃を見ながらも無表情なヨンウンに腹が立った。無表情な顔の上に、平然さが散りばめられていた。やっと殺されるのかというような――。どこからかすっぱい匂いがこみ上げてきて、鼻先を突いた。何も食べていないのに、空っぽの胃からしきりに吐き気が込み上げてきた。
「おまえが消される対象になった」
「ギュヒョン!」
振り向いた視界に、小さな動物のように怯えた目をして震えるソンミンが見えた。ソンミンの手に握られた包丁が光を受けて、震えながら眩しく光った。ソンミンを一度見てから、ギュヒョンは言葉を続けた。
「うちのボスが、もう仲良く分け合うのはお疲れになったらしい」
「……」
「何のことだかわからないか? つまり裏切りってやつだ。おまえが嫌いなわけじゃないが、死んでもらわなければならない」
「ギュヒョン!」
ソンミンが震える声でギュヒョンを引き留めたが、ギュヒョンはお構いなしというように言葉を続けた。
「こめかみを撃てば即死だ。痛くなくしてやるから」
するとカンインが、
「銃が震えているじゃないか。みっともないな。素人じゃあるまいし。両手で銃身を握って固定しろ」
逆に助言をしながらにやりと笑った。
自分が殺されそうだというのに、やることがでたらめな野郎だ……。
今さらになってどうしようもなく震えるのは、ソンミンだけではなく自分の手であるということにギュヒョンは気づいた。自分を中心にして、全世界が黄色く波打って揺れていた。たくさんの血を手につけながら生きてきたはずなのに。今さらになってやっと震える自分が情けない。
「ギュヒョン……」
ソンミンが震える声でしきりにギュヒョンを止める。小さく震えながら鼓膜に入る声が心臓に突き刺さり、ギュヒョンの胸で音を立てた。
「ギュヒョン……やめて……やめて……僕のせいでこれ以上……手を汚さないで……」
おまえのせいじゃないさ。怪物になった醜い俺のわがままが、自分に命令したんだ。自分で選んだ結末だから、心配しないでくれ――。
ソンミンが全身を情けなく震わせている。どうしようもない震えで取り落としそうなナイフを、ソンミンは両手で力いっぱい握り締めた。
ギュヒョンが引き金に指をかけた。
力を入れれば……トリガーに力を入れれば……。
ソンミンが握りしめったナイフが日差しを反射して、視界の中で青く煌めいた。その輝きが眩しくて、ギュヒョンは両目を深く閉じた。
そして、引き金が引かれた。
カチャリ。
ソンミンがギュヒョンに飛びかかったのは、その瞬間だった。
ソンミンの小さな身体にもたれ、ギュヒョンは身体を震わせた。ギュヒョンの腹部に刺さったナイフは、ギュヒョンが教えた通り、正確に突き刺して、一回りさせていた。圧力に勝てずに流れ出た血に、ギュヒョンの白い手は真っ赤に染まっていた。
ギュヒョンの手に握られていた銃が力なく落ちた。銃は空しい音を出して床に落ち、空っぽの弾倉がはずれてちらばった。銃なんて発射していなかった。笑えもしない。初めから、銃弾は入っていなかったのだ。最初からキム・ヨンウンへの殺意などなかったのだ。
状況を把握したカンインの驚愕した視線がギュヒョンに向いた。ギュヒョンの腹部に刺さった鋭いナイフがギュヒョンをいっぱいに満たした。生き場を失った血液が逆流し口からしきりに溢れた。あまりの生臭さにまるで自分を食べているような気がして、込み上げる吐き気にギュヒョンは唇を噛みしめた。
膝から力が抜け、ギュヒョンはソンミンの目の前であっけなく倒れた。その瞬間、濁った視線が交差して、ソンミンは血の付いた手をぼんやりと見下ろした。
「ギュ……ヒョン……?」
現実を直視できない、夢を見ているようなぼんやりとした声。視界がちかちか点滅を繰り返しながら、ぼんやりとしていった。
「ギュ……ギュヒョン……」
手首は完治したようで、力がこもった一撃だった。腹に刺さったナイフが思ったより痛くて、ギュヒョンは小さな息を苦しそうに吐き出した。
よかった。元気な姿で見送りたかったんだ――。
生臭さに耐えられず口を開くと、煮えたぎった血が食道を伝って逆流した。今まで吐き出せなかった感情たちが、真っ赤な血となり溢れだすようだった。ギュヒョンの口元に沿って流れる鮮血に現実を実感したソンミンの悲鳴が、残酷にマンションに鳴り響いた。
「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛っ゛っ゛っ゛!!!!!!」
「チョ・ギュヒョン!!!!!」
カンインもやはり呆然としているようだ。
――これが俺の選択だ。俺が願ってやまなかった結末が、おまえは気に入らないか? いつも両極端だった俺たちが共有していたものは、ジャンキーへの気持ちだけだったな。
「っ……ギュヒョン!! ギュヒョン!!!」
遠くからジャンキーの嗚咽が聞こえる。白く砕けて沈むのを繰り返す視界に合わせて、声もだんだん遥か遠い場所から聞こえてくるような気がした。
泣く……な……ジャンキー。
ジャンキーが、荒々しい手つきでギュヒョンの頭を抱きしめた。ジャンキーの小さな胸に頭を埋めて、ギュヒョンはようやく平穏な息を吐き出した。ギュヒョンの血がジャンキーのやせ細った膝を濡らし、いつもギュヒョンに対して冷たかったジャンキーの胸が、今は暖かかった。
「目を開けて! 目を開けてよ、ギュヒョン!!!」
ジャンキーが小さな拳でギュヒョンの胸を殴った。ひとつも痛くなくて、かえってすまない気持ちになった。
ジャンキー……。
悪いが……今は……目を開ける力もない……。
俺の……愛するジャンキー……許してくれるか……?
細く閉じられていく視界の隙間からジャンキーの顔が見えた。いつも澄んでいたはずの顔が涙に濡れ、光っていた。ジャンキーが泣いている。眉間いっぱいにしわを寄せて、ギュヒョンの前ではいつも生気のなかった頬の上をとめどない涙が流れて落ちていく。ギュヒョンの血が跳ねて、情けないほどやつれた顔だった。ギュヒョンはジャンキーの顔に触れたかったが、手が動かなかった。あまりにも食事を抜き過ぎたせいだろうか。今更になって食事をとらなかったことを後悔した。
最期にひとつだけ……俺の願いを聞いてくれるか。
俺の網膜に永遠に、おまえのかわいい姿を刻ませてくれ。
死んでも忘れられないおまえの姿が、眩しく輝くようにしてくれ。
「笑って……ジャンキー……」
笑って。ジャンキー。おまえは笑わないとだめだ……。
俺が死んでやるんだから。
おまえの幸せのために、俺が死んでやるんだから笑ってくれ。
昔みたいに眩しく、まばゆく。
俺の目を見えなくさせたあの愛らしい微笑みで笑ってくれ。
俺の果てしない罪を消し去ってくれるあの眩しい笑顔で笑ってくれ。
そうしたら、俺も笑える。
そうしたら、俺の未来も明るく照らされる。
笑ってくれ。
ジャンキー。
笑ってくれ。
愛するソンミン。
やがて、ギュヒョンの身体は冷たく冷えていった。
ジャンキーの胸は暖かくなっていくのに、歯ががちがち震えるほど、全身が冷たい。
視界がゆっくりと閉じられて、耳元を満たすジャンキーの嗚咽も遥か遠くなっていった。
やってきた静寂の中で、ギュヒョンはようやく安らぎを感じた。
いつかのジャンキーがそうだったように――。
ギュヒョンはジャンキーの小さな手に収まらず、するりと床に落ちた。
全身の力がどうしようもなく抜けていく。
おまえが笑っていれば……俺も笑える――。
だから、ギュヒョンは唇の端を持ち上げた。
最後の力を尽くして。
俺は不幸でも、おまえだけは幸せでいてくれ。
俺が泣いていても、おまえだけは笑っていてくれ。
Smile, junky.
Fin.
(20061229 ~ 20070217)
written by lamlam
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